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葡萄の季節に、
  堀内幸枝さんの詩誌『葡萄』

西山正義



葡萄が実るころ、堀内幸枝さんから原稿依頼

(平成27年9月12日・土)

 詩人の堀内幸枝さんから手紙が来た。
 氏からの連絡は、いつも突然でびっくりさせられる。ちょうど、私の師で、堀内作品を高く評価した一人である文芸評論家の小川和佑先生が亡くなって、この九月二十日で満一年を迎えるところであったから。
 そのことともあながち関係がないわけではないのだが、直接には別の用件で、今回はなんと原稿依頼であった。
「ただ今『葡萄』最終号をつくっておりますが」とあり、そこに載せる原稿をということなのだが、私は、さりげなく書かれている《最終号》という言葉にハッとなった。
  堀内幸枝さんが長い間主宰している詩誌『葡萄』は、おおむね年一回程度の緩やかなペースながら、たしか五十号は超えているはずである。私などが生まれるはるか以前の創刊である。あの書肆ユリイカの伊達得夫氏が色紙を切り抜いて作った装幀で、昭和二十九(一九五四)年十二月に創刊されたのだった。時に堀内さん三十四歳。そして現在、九十五歳!
 調べてみると誕生日は九月六日で、ということは、九十五歳のお誕生日の二日後にお手紙をいただいたわけだ。
「明治大学の学生が山梨に行った時のこと、
坪井の温泉で一泊して小川先生を中心に
みんなで話しましたね。
原稿三枚ほどにまとめられましたら」
 と書かれている。
 久しぶりに依頼された原稿を書いた。手紙が届いた九月十日に二枚書き、今日三枚に仕上げて、夕方には、郵便局の本局から速達で出した。
 自分で言うのもなんだが、相当に力の入った原稿で、小川和佑先生への供養にもなったような気がする。
 平成五(一九九三)年のこれもちょうど今頃行われた、堀内幸枝文学紀行のゼミ合宿。原稿の主題が堀内幸枝さんにあるということもあるが、その指導教授であった小川和佑先生が、すでにこの世にいないということは一切言及していない。
 私のその原稿では、あたかも小川先生が今も健在であるかのように描かれている。
  もちろん堀内幸枝さんも。いや、堀内さんは正真正銘ご健在で、だから、最終行は現在形で締めくくっている。堀内さんのお手紙は、とても九十五歳の“おばあちゃん”とは思えない、実にしっかりとした律儀そうな楷書の筆跡で、それは、十代のころ、せっせと『四季』に詩を投稿していたころから全く変わっていないのだと思う。


〔初出〕平成27年9月12日「短説[tansetsu]ブログ」


『葡萄』終刊号

(平成28年9月1日・木)

 堀内幸枝さん主宰の個人詩誌『葡萄』は昭和29(1954)年12月に創刊され、平成27(2015)年12月発行の59号をもって終刊した。詩人大病の折、発行が延び延びになった24号は欠番になっているとのこと。
 61年間で58冊だから、ほぼ1年に1冊のペースということになるが、58号から59号までに4年のブランクがある。平成18年7月発行の53号からは詩人の鈴木正樹氏が編集の実務にあたっている。
 伊達得夫氏の色紙細工の装幀は創刊以来変わらない。堀内さんの個人的な交遊圏内が基本であるが、何冊かのバックナンバーの目次を見る限り錚々たる詩人が寄稿している。幸枝さん米寿の平成20年3月に55号を数えた。
 鈴木正樹氏が「終刊号」を出すことに「迷いがあった」というのはわかる気がする。しかし、国会図書館や日本近代文学館からも最終号を出してはとの要請もあり、何より「堀内の強い意思」があったという。
 その終刊号。特筆すべきは、巻頭に据えられた堀内幸枝さんの新作であろう。95歳の詩人の新作。「嵐ヶ原」と題されたその詩は、必ずしも『村のアルバム』をなぞるものでも、『紫の時間』に戻るものでもなく、95歳の今の詩である。それでこそなのだ。
 長い歴史のある『葡萄』。その終刊号に、私も何とか駆け込むことができ、とても嬉しく思っている。私が寄稿したのは残念ながら"作品"ではなく、思い出話に過ぎないのだが、〈葡萄棚の風〉という囲み記事に仕立てていただき光栄である。
 今はまだ掲載誌に敬意を表しこの自サイトに転載はしないが、いつか時が経ったら、きれいな誌面なのでそのままスキャンしてPDFでアップしたいと考えている。
 堀内幸枝さんに初めてお会いしたのは24歳の折。紹介してくださった小川和佑先生は57歳。堀内さんは67歳だった。当時の小川先生の年齢に近づきつつある今、私にはやるべきことがあるはずなのだが――。


堀内幸枝主宰詩誌『葡萄』59号終刊号・表紙
『葡萄』59・終刊号(2015年12月発行)
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【詩】嵐ヶ原・・・・・・・・・・・・・・・・堀内幸枝
【エッセイ】ふるさとの詩人・堀内幸枝・・・・菊田 守
      
堀内幸枝の詩の世界について――
        日本の村の美と現代意識・・・佐川亜紀
【詩】名だたる ただならぬ名・・・・・・・・藤富保男
   初冬 幻想の旅・・・・・・・・・・・・山田隆昭
【葡萄棚の風】(エッセイ)
   堀内幸枝さんのふるさとを訪ねて・・・・西山正義
【エッセイ】西武沿線の農家・・・・・・・・・堀内幸枝
      夏草・・・・・・・・・・・・・・堀内幸枝
【詩】くずれる・・・・・・・・・・・・・・・尾ア幹夫
   栄養・・・・・・・・・・・・・・・・・甲田四郎
   ブーケ・・・・・・・・・・・・・・・・鈴木正樹
   小さな庭から・・・・・・・・・・・・・高橋順子
   遊ぶ花・・・・・・・・・・・・・・・山本十四尾
【エッセイ】「葡萄」編集あれこれ・・・・・・鈴木正樹
      葡萄の小径・・・・・・・・・・・鈴木正樹
      後記・・・・・・・・・・・・・・堀内幸枝

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※「西武沿線の農家」と「夏草」は『月刊武州路』No.97、No.206からの転載。
※目次には「2015年10月」とあるが、奥付の「2015年12月発行」が正しい。

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編集発行人/堀内幸枝(西東京市)
第二編集部/鈴木正樹(八王子市)
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〔初出〕平成28年9月1日「西向の山」(このページ)


この稿、「永遠の少女・詩人堀内幸枝さん」からのつづき。



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