IF

             向山 葉子

 涙と鼻水。真っ赤になったほっぺでしゃく
りあげるヨシトの手を引いて、マヤは歩いて
いた。マヤの顔も涙と汗とで薄黒くなってい
る。道だった場所に立って眺めた景色は、破
壊された家々の残骸。いつか社会科見学で行
った夢の島のようだった。かろうじて立って
いるのは、**小学校の左半分。右側は鉄骨
が魚の骨のように突き出ているだけだった。
あそこに行けば、だれかがいるかもしれない。
マヤに今考えられるのはそれだけだった。
 ヨシトが急に走り出した。「ユウタくんと
ハルミだ」ユウタは、汚れた手で涙をぬぐい
ながら歩いていた。ハルミはユウタのシャツ
を握りしめていた。四人は黙って、学校への
道なき道を歩いた。鈴木さんの畑の上に、コ
ンクリートの瓦礫が転々ところがっている。
「長寿庵、ないね……」         
「***住宅もなくなってる」
 校庭はこの間みんなで掃除したばかりなの
に、いろんなものが散乱している。バットも
グローブも、サッカーボールも。ケンジとダ
イキが、それを拾い集めていた。チイちゃん
はしゃがんで、携帯ラジオを聞いている。
「他のやつらは?」とケンジ。      
「わかんない」マヤは年上のケンジの顔を見
て、泣き顔になった。
「生きてたら、みんなここに集まってくるよ」
 ケンジとダイキは潤んだ声で言い合った。
「チイちゃん、ラジオ貸して」
 ケンジがイヤホーンを耳に入れた。
「ミサイル、新宿から逸れたんだって。調布
近辺の情報は……わからないって」
「アメリカ、守ってくれるよね」
 ヨシトが大声で泣きだした。
「今、イラクと戦争してるから」
 ケンジはイヤホーンを外した。


(**の部分は原文では固有名詞)

〔初出〕平成15(2003)年3月14日・短説メーリングリスト座会
*翌3月15日「今週のピックアップ短説」として緊急公開
*未定稿のため二週間の限定公開 (2003.3.15〜3.28)
*のち改題・改稿→「この道」→「いつもの道

To: <tansetsu@egroups.co.jp>
Sent: Friday, March 14, 2003 12:57 AM
Subject: [tansetsu] 作品「IF」向山葉子


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